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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)2611号 判決 1987年12月16日

反訴原告

金本美代子こと金美代子

反訴被告

木村貢

主文

一  反訴被告は、反訴原告に対し、金四〇二万一一〇四円及びこれに対する昭和五九年四月一日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を反訴原告の、その余を反訴被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  反訴被告は、反訴原告に対し、金一二二四万二七六〇円及びこれに対する昭和五九年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は反訴被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  反訴原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五九年三月三一日午前〇時ころ、名古屋市南区鯛取通五丁目一〇番地先路上において、反訴原告運転の普通乗用車(以下「反訴原告車」という)が停止しているところへ、反訴被告運転の普通乗用車(以下「反訴被告車」という)が追突した(以下「本件事故」という)。

2  責任原因

反訴被告は、前方不注視の過失があるから、民法七〇九条により損害賠償責任を負う。

3  傷害及び治療経過

反訴原告は、本件事故により、頸部、腰部挫傷等の傷害を負い、事故当日は天白区内の「かがみ外科」で治療を受けたうえ、昭和五九年三月三一日から同年七月一八日まで一一〇日間同区内の「田中医院」に入院し、以後昭和六〇年一月末まで同医院に通院して治療を受けた。

4  損害

(一) 入院雑費 八万八〇〇〇円(一日あたり八〇〇円)

(二) 付添家政婦代 一八万三二八〇円

(三) 子供の世話をする家政婦代 六七万三二〇〇円

反訴原告が入院中、その子供の世話をする家政婦の費用として右金額を要した。

(四) 休業損害

反訴原告は、本件事故当時、「スナツクみき」星崎店及び野並店(以下、単に「星崎店」、「野並店」という)を経営し、かつ、両店のママとして稼働していたが、本件事故により受傷したため、星崎店については、営業継続の見通しが立たず、昭和五九年四月二〇日、訴外吉田昌代との間で、リース料月額一五万円、期間二年の約定でリース契約を締結せざるを得なくなつた。そして、野並店については、同年八月末までは従業員まかせで、また、同年九月一日から同年一一月末までは自ら少しずつ出勤して営業を継続したが、スナツク営業はママの出勤の有無によつて売上が大きく左右されるものであり、野並店の売上も大幅に減少した。

右により反訴原告の被つた休業損害は次のとおりである。

(1) 星崎店 三一〇万円

反訴原告は、星崎店において、昭和五八年一〇月一日の開店以来、一か月平均二三七万一三〇三円の売上収入を得ていたが、昭和五九年四月一日から同年八月末までは少なくとも一か月五〇万円、同年九月一日から同年一一月末までは少なくとも一か月二〇万円、以上合計三一〇万円の収入を得られなかつた。

(2) 野並店 九五六万〇七四〇円

反訴原告は、野並店において、昭和五八年一一月二日の開店以来、一か月平均二五二万八七〇二円の売上収入を得ていたが、昭和五九年四月一日から同年八月末までは一か月平均六六万三〇五八円の売上収入しか得られず、また、同年九月一日から同年一一月末までは一か月平均一八六万六六一三円の売上収入しか得られなかつた。そこで、売上の減少に伴つて減少する消費材仕入費の比率約一五・五パーセントを損益相殺として控除して休業損害を計算すると、次のとおり九五六万〇七四〇円となる。

(2,528,702-663,058)×(1-0.155)×5+(2,528,702-1,866,613)×(1-0.155)×3=9,560,740

(五) 後遺障害による逸失利益

反訴原告は、本件事故により自賠責保険等級一四級の後遺障害を残したが、昭和五九年一二月一日以降、少なくても月額七七万一二〇〇円の五パーセントの収入を三年間にわたつて喪失したので、次の計算式のとおり、逸失利益は一三八万八一六〇円となる。

771,200×12×0.05×3=1,388,160

(六) 慰謝料

入通院分 一五〇万円

後遺障害分 六〇万円

(七) 損害のてん補

反訴原告は、本件事故につき反訴被告から治療費以外に二八六万二四六〇円の支払を受けた。

(八) 合計

前記(一)ないし(六)の合計額から(七)の金額を控除すると、残額は一四二三万〇九二〇円となる。

よつて、反訴原告は、反訴被告に対し、右金額の内金一二二四万二七六〇円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和五九年四月一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実も認める。なお、反訴原告は、昭和五九年一〇月末ころにはほぼ治ゆの状態にあつた。

4  同4の事実のうち、(一)ないし(三)は認める。

休業損害については、反訴原告は、本件事故前後を通じて所得について一切確定申告をしておらず、反訴原告主張の所得を認むべき客観的資料は何もないから、当該年齢の女性の平均賃金を基礎にして算定すべきであり、休業の程度も昭和五九年四月一日から八月末までは全休、同年九月、一〇月は三分の一休業とみるべきである。

反訴原告が一四級の後遺障害を被つたことは認めるが、逸失利益については争う。入通院慰謝料は一三〇万円が相当である。

損害のてん補の事実は認めるが、反訴被告が治療費以外に支払つた金額は二九四万三四八〇円である。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)、同2(責任原因)及び同3(傷害及び治療経過)の事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、反訴原告の損害について判断する。

1  入院雑費八万八〇〇〇円、付添家政婦代一八万三二八〇円、反訴原告が入院中子供の世話をするための家政婦代六七万三二〇〇円については、いずれも当事者間に争いがない。

2  休業損害

(一)  成立に争いのない甲第二号証の一ないし八、乙第五ないし七号証及び反訴原告本人尋問の結果によれば、反訴原告は、昭和五八年一〇月一日に名古屋市南区星崎二丁目において「スナツクみき」星崎店を、また、同年一一月二日に同市天白区古川町において「スナツクみき」野並店を開業し、本件事故当時両店を経営し、かつ、両店のママとして稼働していたこと、反訴原告は、本件事故により、頸部、腰部挫傷等の傷害を負い、事故当日から昭和五九年七月一八日まで入院したため、星崎店については全く営業継続の見通しが立たず、同年四月二〇日訴外吉田昌代との間でリース料月額一五万円、期間二年の約定でリース契約を締結せざるをえなくなつたこと、また、野並店については、事故後は従業員まかせで営業を継続したが、反訴原告は退院後も同年八月末までは全く働くことができず、同年九月一日から同年一一月末までは通院治療(頻度は一〇日に一、二度)のかたわら自ら野並店に少しずつ出勤して同店の営業を継続し、同年一二月からはおおむね事故前の勤務状態に戻つたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  反訴原告は、「スナツクみき」の開業以来、星崎店においては本件事故までの間一か月平均二三七万一三〇三円、野並店においては一か月平均二五二万八七〇二円の売上収入を得ていたが、本件事故により営業の継続を断念し、或いは大幅に売上が減少し、これに基づく損害を被つた旨主張し、これに沿う乙第一、二号証(両店の売上高及び仕入高等経費の集計表)、第八ないし一七号証(両店の売上帳、預金帳、仕入帳)を提出している。

右乙第八ないし一七号証について、証人石原清文の証言によれば、保険会社の自動車損害調査課の石原清文が本訴提起前に反訴原告との示談交渉を行つた際、反訴原告が休業損害として月額一二〇万円以上を要求し、売上、仕入の一覧表とそれに係る売上伝票の束を提出したことはあつたが、乙第八ないし一七号証の各帳簿は提出されなかつたことが認められる。

したがつて、右各帳簿が本訴提起前から存在したものであるか否かは疑問の余地があるが、仮に右帳簿につき、反訴原告によつて売上伝票等を整理のうえ作成されたものとして形式的証拠能力を認めうるとしても、以下に述べるとおり、反訴原告主張のとおりの売上減少額を基礎として休業損害を算定することはできない。

すなわち、反訴原告は、昭和五八年度以降「スナツクみき」について全く所得の確定申告もしていないし、料理飲食等消費税の徴収納付も全くしていない(反訴原告本人尋問の結果により認める)ので、売上高を推定するに足りる客観的資料は存しないと言わざるをえない。

次に、前掲乙第八ないし一〇号証及び反訴原告本人尋問の結果によれば、本件事故前は反訴原告が年中無休で両店を営業していたのに対し、本件事故後は野並店においては月数回以上の休みの日を設けており、また、売上帳の一部に売上高の記載のない箇所もあることが認められるので、単純に事故前の売上高と事故後のそれとの差額を算定の基礎とするのは相当ではない。

さらに、反訴原告は、事故後の売上高の減少は、すべて同人がスナツクのママとして稼働できないことによるものであると主張しているが、一般に従業員の構成、資質、他の業者との競争、季節や景気の変動その他社会の諸事情により売上高が左右されることがありうるから、売上高減少に対する反訴原告の休業の寄与の割合については不確定要素があり、売上高減少のすべてを反訴原告の休業によるものとすることも相当ではない。

(三)  もつとも、前掲乙第一三、一四号証、反訴原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、反訴原告は、本件事故前は星崎店においてママとして一か月三〇万円の給料を得ていたこと、反訴原告の収入の中から、両店の家賃とは別に反訴原告の住居であるサンヴイラの家賃として一か月四万五〇〇〇円を支払い、他に車の割賦金として一か月六万五〇〇〇円を支払うなどしていたことが認められる。そして、前掲乙第一、二号証に照らすと、星崎店と野並店からの反訴原告の所得はほぼ同程度であることが推認できる。

以上の諸事情を総合して判断すると、反訴原告は、本件事故当時、星崎店及び野並店からそれぞれ少なくとも一か月三〇万円の所得を得ていたものと推認することができ、他にこれを覆すに足りる資料は存しない。

(四)  反訴被告は、反訴原告の所得を認むべき客観的資料は何もないから、当該年齢の女性の平均賃金を基礎として算定すべきであると主張する。しかし、所得の確定申告をしていないからといつて直ちに平均賃金によらなければならないというわけではなく、実額の証明がなされた場合はこれによるべきであるから、本件の場合、反訴被告の右主張を採用することはできない。

(五)  なお、前掲乙第七号証及び反訴原告本人尋問の結果によれば、反訴原告は、昭和五九年四月二〇日以降、星崎店の営業ができなかつたものの、その代りにリース料として一か月一五万円の割合による金員を取得していることが認められるから、右金額を損益相殺として休業損害から控除すべきである(同年四月分については、五万円として計算する)。

(六)  以上によれば、反訴原告は、星崎店については、昭和五九年一一月末までの八か月間(反訴原告の主張期間)の休業損害として、次のとおり一三〇万円の損害を被つたことが認められる。

30×8-(5+15×7)=130

また、反訴原告は、前認定の治療経過、通院の頻度に照らして、野並店については、同年八月末までの五か月間は全休、同年九月一日から一一月末までの三か月間は半休と認めるのが相当であり、この間の休業損害として、次のとおり一九五万円の損害を被つたことが認められる。

30×5+30×0.5×3=195

したがつて、二店分を合計すると三二五万円となる。

3  後遺障害による逸失利益

反訴原告が本件事故により自賠責等級一四級の後遺障害を被つたことは当事者間に争いはない。

そして、弁論の全趣旨によれば、右後遺障害は、頸部、腰部挫傷等による軽度の神経症状であり、反訴原告は、前認定の一か月六〇万円(三〇万円、二店分)の収入につき、二年間にわたりその五パーセントを喪失したものと認められるので、ホフマン方式により中間利息を控除して逸失利益の現価を算定すると、次のとおり六七万〇一〇四円となる。

600,000×12×0.05×1.8614=670,104

4  慰謝料

前記の本件事故態様、傷害及び後遺障害の内容、程度、入通院治療の経過その他諸般の事情を考慮すると、本件事故による精神的苦痛に対する慰謝料は、入通院期間につき一五〇万円、後遺障害につき六〇万円、合計二一〇万円が相当であると認められる。

5  損害のてん補

反訴原告が本件事故による損害につき、反訴被告から治療費以外に二八六万二四六〇円の支払を受けたことは、その限度で当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四号証の一、二、第五号証の一ないし五、第六号証の一ないし三によれば、反訴被告は、反訴原告に対し、右金額を含めて合計二九四万三四八〇円を支払つた事実を認めることができ、他にこれに反する証拠はない。

6  合計

以上1ないし4の合計額から5の金額を控除すると、残額は四〇二万一一〇四円となる。

三  結論

以上の次第で、反訴原告の請求は、反訴被告に対し、右金四〇二万一一〇四円及びこれに対する本件事故日の翌日である昭和五九年四月一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

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